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項羽と劉邦から学ぶ“人間力としての真のリーダーシップ”とは?⑩~エピローグ:項羽と劉邦に学ぶ組織マネジメント~

  • 売上・集客拡大

前回は、“失敗から立ち上がる”をテーマにお話しさせて頂きました。
大きな失敗の前には必ず小さな失敗やヒヤリ・ハットの出来事といった予兆があり、それを収集する仕組を作り、対策を講じて、組織内に浸透させることが大切です。項羽は小さな失敗を軽視しすぎ、更には、全ての問題について自分一人で対処しようとした為に抵抗力が乏しく、逆境に出会った時に立ち直る事ができませんでした。それに対し劉邦の場合、自尊心は無いながらも、それを補って余りあるほどの柔軟性と周囲の協力があったので、失敗から何度も立ち上がる事ができたというお話をしました。
今回は、これまでの本コラムを総括させて頂く意味で“エピローグ:項羽と劉邦に学ぶ組織マネジメント”をテーマにお話しさせて頂きます。

Chapter10 エピローグ:項羽と劉邦に学ぶ組織マネジメント

◆項羽と劉邦 その比較について

これまで、項羽と劉邦のリーダーシップについての比較した要点は以下の通りです。

比較ポイント 項羽 劉邦
リーダーシップの第一歩
ビジョン構築力
秦への復讐・楚の再興まででその先の国家ビジョンが無かった
手段が目的化してしまっていた
領民たちの理解の得やすいビジョンで法の簡素化・労役や負担の小さい国を作ることを宣伝し高い評価を得られた
リーダーシップ発揮のベース
現状認識力
常に勝っていた為、自軍の強み弱みも漢軍の強み弱みも分析する必要が無かった “自分は何もできない““自軍は弱い”
という認識からスタートし項羽の弱点を知って真逆方針を徹底した
リーダーシップの要
コミュニケーション力
話さなくても分かると思い、言葉より行動を好んだ
但し同族の話だけは聞いた
全身で傾聴する 虚心に聴く
誰であろうと辞儀正しく聴く
虚心が劉邦を聡明にした
リーダーシップの真髄
役割分胆力
軍事優先主義を徹底した
それ以外の情報・食・ヒトの経営資源については軽視しすぎた
ヒト・軍事・食・情報すべての経営資源に適所適材方針で抜擢し任せた
外注も積極的に活用した
リーダーシップの成否を分ける
モチベーションアップ力
欠乏欲求を刺激する信賞必罰的
モチベーションアップ方法が中心
食は必ず保証 欠乏欲求を充足させ働き甲斐、生きがいを与えることでモチベーションアップを図った
リーダの避けて通れない道
人事評価力
軍事的貢献のみ評価対象とした
但し同族は軍事貢献度に関係なく優遇
自組織の軍事・補給・作戦・外交・民治など各方面にわたり、出自や思想・過去の経歴などに関係なく評価
リーダーシップの手腕の見せ所
人材育成力
もう一人の自分(将軍)の育成に努力
それ以外の人材育成は軽視した
献策・実行・結果分析・反省すべて自分でやらせる自律型人材育成方針
リーダの誰もが経験する
レジリエンス
(精神的回復力)
小さな失敗やヒヤリ・ハットを見逃した
自尊心は高かったが、柔軟性・人間関係で劣り周囲の離脱の衝撃を受け、立ち直れず
自尊心は皆無ながら、柔軟性と周囲との人間関係で何回でも立ち直ることが出来た
士卒も劉邦を助けることに専念した

このように、これまで8項目にわたって項羽と劉邦のリーダーシップ力について比較してきました。
次に、これらのリーダーシップ要素の根幹であり軸ともいえる“二人の求心力”についてみてみたいと思います。

◆項羽と劉邦の求心力の源は何だったのでしょうか?

項羽の場合、その求心力の源泉は“忠誠心・崇敬心”だったと思われます。
士卒たちは、みんな項羽を尊敬し神のごとく崇めていました。項羽もそのことをよくわかっていたようで、配下に対しては常に思いやりを持ちます。
『項羽のおかしさは、知らない人間に対しては古家の土壁でも掻き落とすような無造作で殺してしまえるのだが、名を知り、顔を知り、一度でも言葉を交わせば別人のように情誼が厚くなってしまう事であった。このことは、彼の諸将、謀臣、士卒がすべて彼によって愛されていることでもわかるし、その情愛は劉邦のその配下に対するそれの比ではなかった』
『項羽は自分になつく者には途方もなく仁強であったが、逆に自分に歯向かうものに対しては悪魔のように残忍になった』
『“殺されたくなければ背くな”というのが、項羽の政治学に書かれているたった一行の鉄則だった』
項羽は、その圧倒的な個人としての戦闘力を軸として、配下の自分に対する忠誠心を遠心力に風を巻き起こし、巨大台風の渦巻きのごとき強大な軍事力を形成していたのだと思われます。しかしながら、項羽とその配下との“信”はどうも、配下が項羽に抱くべきもので、項羽は配下に対して“信”を与えたのではなく、“憐”(すなわち憐れみや庇護してやる感覚)で応えていたのではないかと私は思います。
『項羽にも、愛情や惻隠の情があった。むしろ人よりもその量は多量であった。しかしそれは項羽自身が対象を美―あわれ―と感じねば、蓋を閉ざしたように流路しなかった。――中略――彼自身の自尊心が充分に昂揚できる条件下において相手がひとすじに項羽の慈悲にすがろうとしている場合のみであった』 以前にも何回か触れましたが、漢軍の陳平の計略に掛かって、項羽はその大切な配下を疑い、その相互信頼関係がズタズタに引き裂かれてしまいます。陳平が標的にしたのは項羽の持つ“猜疑心”でした。
『信のみが、あの小僧(項羽)とわしを繋いできたのだ。その糸を彼が断ち切った以上、もはや居るべきではない』
『鍾離眛も竜且もさらには周殷も、みな個々に秘かに范増を訪ねてきて、項羽が自分たちの身辺に諜者をおいて監視していることを泣いて訴えた』
“信”や“信頼関係”は上下関係であろうと友人関係であろうと、さらには親子や夫婦関係であろうと相互信頼の上に成り立っています。一方通行では信頼関係は成立しません。しかし、項羽の場合、当たり前のように一方通行を要求していたように思われます。
“配下はみんな私に忠誠心を抱いている。だから私の味方だ。よって私は配下には私の愛を施す”
何となくそう考えていたように思われます。如何に巧妙に陳平が計略を謀ろうとも、項羽がその忠臣を信頼していれば、こうも簡単に騙されたりしません。
そこには“私の部下なのだから忠誠心を持って当たり前だ”という上下関係の意識が事実として項羽の心の根底にあり、そのベースを成すのは項羽の配下に対する“上から目線”だったのではないでしょうか?
信頼関係は相互通行があってこそ成り立ちます。部下がリーダに抱く信頼と同種で同量もしくはそれ以上の量の“信”を、リーダからも部下に対して 同様に与えてこそ、本当の信頼関係は成立するものだと思います。
経営者の方の中には、社員に対して態度は温厚でも、心の目線が“上から目線”の方も見受けられます。
“雇ってやっている”
“給料を払っているのだから働いて当たり前”
“社員は社長である私の言う事を聞くのは当たり前”
このような心構えでは、“信”の相互通行は絶対にできません。
私はそういう経営者の方には以下のように言っています。
「会社の仕事の全ては、本来社長一人でやらなければならない事です。でも一人ではできないので、他人に手伝って頂いているのです。そのお礼の気持ちの一部を給料という名目のおカネでお渡ししているのです。その心構えからスタートしないと“信”の相互通行はできませんし、社員の方の愛社精神(忠誠心)など到底期待できません」
この“信”が次第に失われていくにしたがって、項羽の個人的戦闘能力を軸とし、忠誠心という遠心力で力を発揮してきた項羽軍がその遠心力を失い、軸の項羽だけが空回りして組織力全体が急速に退化して行ったように思います。
中小企業経営者の方の中にも、社員に尊敬されている人は数多いと思います。尊敬心や忠誠心を原動力として組織運営が推進されていると感じるのなら、同じように社員一人一人の良いところを見つけて尊敬してあげて下さい。尊敬に対しては尊敬を相互に交換し合い、流通しあう事が大切です。
一方通行の“信”では組織マネジメントは絶対に成り立たないという事を是非とも心に留めおき頂きたいと思います。

その点、劉邦の場合は、忠誠心を軸とした組織運営ではありません。ただ全く“信”が無いかというとそうではなく、配下よりもむしろ劉邦の方にこの“信”の認識が高かったように思います。
『味方の忠誠心の上に浮上している劉邦としては、信だけで立っている。人々に信じられなくなれば、劉邦のように能も門地もない男は元の塵芥に戻らざるを得ない――出来損ないの田舎侠客、沼沢の中の泥ブナのような草賊の親分というのが劉邦も自認している彼の前半生だったが、その経験で学んだと言えば子分や兄弟分に対する信しかなかった。信が飯を食わせてくれる、何とか人が集まり、人が助けてくれた』 劉邦はこのように、自分は取り柄のない男だけれども、配下は劉邦を長者風の徳ある人間だと思って、程度の差はあるが信頼してくれている。その“信”を裏切ったらおしまいだ。自分も配下に“信”を与えないと、皆去ってしまう。
従って彼は、配下の“信”を繋ぎとめようと、常に最前線に立って陣頭指揮を振ります。
『この男の性格が臆病であるとは決して言えない。劉邦は戦えば必ず負けてきたが、しかし常に身を陣頭に晒し、かつての王侯のように後方にあって士卒だけを前線で戦わせるというようなことをしたことが無く、このことが漢兵が劉邦についてきた理由の大部分であったと言えた』
『不安はあったが、劉邦に猜疑心が兆したわけではない。というより劉邦には猜疑するゆとりなどなかった。彼は常に項羽という虎から鼠のように追われる身であり逃げ道があるなら、どういう穴にでも飛び込みたかった』
劉邦はこのように、“信”は自分が配下を繋ぎ留めておく最低限の“絆”だと考えており、それだけでは項羽と戦う原動力にはなり得ない事を知っていたようです。彼は項羽と違って圧倒的な個人戦闘力を持たない為、配下の尊敬心や崇敬心で求心力を発揮できなかったのです。その代わりに、彼は、徳(愛すべき愚者、袋のような取り留めのなさ)という実態が定かではない何かを軸に据えたように思います。
張良 『不思議な事に、陛下の場合、ご自分を弱者だと思い決めて尻餅をおつきになっているその御人柄がそのまま徳になっておわします』
(―—徳?) わしに徳などあるだろうか、と劉邦は思った。
――中略――
張良 『陛下は、御自分を空虚だと思っておられます。際限もなく空虚だと思っておられるところに、智者も勇者も入ることが出来ます。そのあたりのつまらぬ智者よりもご自分は不智だと思っておられるし、そのあたりの力自慢程度の男よりもご自分は不勇だと思っておられるために、小智、小勇の者までが陛下の空虚の中で気楽に呼吸することが出来ます。それを徳というのです』
劉邦 『徳とはそういうものか』
劉邦は噴きだした。
劉邦 『それならわしにもある』
そして劉邦はその“徳らしきもの”を軸にして寄り集まってくる配下の“才能を発揮したい欲”“自己実現したい願望”という力を利用して遠心力を巻き起こし、大きな風を巻き起こしていったように思います。
彼の屋台骨を支える大黒柱となった2人は特にこの欲求が強かったようです。
『張良にすれば、ろくでなしでも構わなかった。ただ張良の意見を聴き容れてくれればいいのだが、誰もが多少の小才覚でもって頭を糞袋のように詰まらせてしまっていて、人の意見をきく容量を待たず、眼前の食糧、人数を欲しがるのみであった』
『(韓信は)ただひたすらに、自分の脳裏に沸いては消える無数の戦局をほんものの大地と生命群を藉りることによって実現してみたいという事だけがこの世で果たしたい希望であった。想像の上の戦局では韓信は常に勝った。
これを実際にやってみない限り想像は湧き続けるばかりであり、湧くということは止めようがなく、捨てておけば頭が割れてしまうのではないかとさえ思っている』
張良・韓信に加え、ごろつき時代の劉邦を拾い上げた蕭何の三名が中心となって劉邦を支援することにより、漢軍はその遠心力を発揮し大きく成長して行くことになります。
『劉邦は張良を独占して帷幕の謀臣とした。全軍の総司令官は韓信であり、後方で一切の補給に任ずるのは蕭何だった。中国史上、それぞれの役割において、この三人より優れた者は稀と言っていい』 そこに、張良以上の奇計を立案し組織化、実行を行う能力を持つ陳平が加わることによって、その力は倍増します。
陳平もまた、韓信と同じように楚軍に籍をおいていましたが、自分の才能を発揮させる場所が無く、そういった役割も与えてもらえず鬱屈していました。
『この男(陳平)は何事か、おのれの計らいによる作用をしてみたいというたちに生まれついていた。権力に近づいて自分のその能力を試したいという欲求で、体中の毛穴から焦げ臭い気が噴き出るように苛立っていた』 彼は一大決心をして、最大勢力の巨大与党の項羽のもとを離れ、連戦連敗の弱小野党である劉邦軍に投降します。言わば、大企業で役割をもらえず鬱屈した働き盛りの中年社員が、一念発起していつ倒産してもおかしくない小規模の会社に単身で就職しに来たようなものです。
このように、劉邦軍の求心力は、劉邦の“徳らしきもの”から発する人材登用や抜擢力を軸にして、配下たちの“成長欲求”“存在欲求”を遠心力として大旋風を巻き起こして行ったのだと思います。その旋風は、一貫した“適所適材方針”を貫いての人材抜擢及び責任と権限の委譲を継続することで、次第に項羽軍を上回る大きな力へと拡大して行ったのではないでしょうか?

◆劉邦が勝てた最大の要因は何だったのでしょうか?

私は、昔からこの疑問について考えてきました。このコラムでもこれまで8回にわたり、各テーマに基づいて項羽と劉邦の比較を行ってきました。各テーマのリーダーシップ資質や能力の根幹を成す要因は、実は劉邦の持っていた“本質を理解できる目”にあったと私は思います。
『劉邦という男はいわゆる阿呆というに当たらない。どういう頭の仕組になっているのか、常に本質的なことが理解できた。むしろ、本質的な事以外は分からないとさえいえた』 この本質を理解する目があった為に以下の事に繋がったのだと思います。
・献策する人が複数いた時に、どの人物がその役割に最適か判断し選択できた
・どの程度の権限を与えればよいのか見抜け、その権限度合いも決定できた
・流民の本質と欲求の根源を理解でき、士卒には食を切らさない事を最優先事項にした
・領民は王権の弊害に辟易としているという本質を見抜き、領民が喜ぶ軽い王権の国家ビジョンを掲げた
・各人材の人種や出身地、経歴、考え、思想などは大きな問題ではなく、要は中身だという事を理解していた
・人の短所や嫌いなところには目をつぶり、長所を生かす方が役に立つ事を見抜き、長所のみを利用した
・儒教や儒者は大嫌いだが、嫌いな者の意見でも、その献言する中身は必ずしも全てがくだらない訳ではなく良い意見もたくさんあるという事を理解し、中身が良ければ採用した
・権限を与えて実行させたにも関わらず失敗した人間に、再度チャレンジさせた方が良いかどうか判断できた
すなわち難しい事を難しく考えるのではなく、“色々あるけれども、要するに、とどの詰まりはどういうことなのか!”を端的に理解する能力があったのだと思います。余計なものを取り除いたうえで本質的な事は何かを理解して、小事にはこだわらず本当に本質的なモノ、根本的なモノ、大事な事は何かを理解できたのです。
それを理解すると、かつての自分の意見を古わらじのように捨て、献策者の案を採用して素直に心から従います。
簡単な事のように思われますが、いつの時代でもつまらぬプライドや見栄の為に自分の意見に固執して意地を張り、自分の主張を言い張って通そうとするリーダをよく見かけます。しかしこのあたりが劉邦の虚における凄みといってよく、本質的な事を理解すればつまらぬ己のプライドや小事を捨て素直に最善の道を選ぶ選択能力を発揮する人間力を持っていたのです。

この本質を理解できる目をこのように使って、劉邦は多様な各人材の個性を生かし、その成長欲求を利用して自軍の抱える課題に対して役割と責任感・使命感を持たせて、問題解決に導いていったのだと思います。
項羽は、この個性豊かな劉邦軍の有様を、外側だけで判断します。
『――ああいう人間がいると言うのは、漢軍の弱点とみていい。
――劉邦の配下など、猥雑なものだ。犬がいるかと思えば虎も狐もいる。寄り合い所帯ではないか。と項羽の幕僚は口を開けば言う。項羽もそう思っている。これにひきかえ、項羽の楚軍は項羽の武に対して信仰的な安心感を持つ組織で、一将と言えども天下に野心を持つ者はおらず、磨き上げられたような統制のもとに動いている』
実は、この犬や虎や狐がいるからこそ強みを発揮しているという事に、項羽たちは気付いていなかったのでしょう。
劉邦は、物事の本質をつかむ能力を生かして、個性豊かな雑軍を作り、その雑軍の各メンバーの強みを最大限生かして、項羽の圧倒的な武力に対抗し得たのだと思います。
組織メンバーが全員みな同じ考えで同じタイプの者が集まり見事な統制が取れている組織が優れているとは限らないのです。性格も考えも得意分野も多様性に満ちた集団で一見統制の取れてない雑軍のような組織であっても、同じビジョンとベクトルを持ち個々の使命に応じて役割を果たす事ができれば充分に勝算はあると思います。

◆本質を理解できるようになる為には?

では、どうすれば劉邦のような“本質を理解する能力”を得ることが出来るのでしょうか?
私は、劉邦が行っていた“傾聴の習慣”に秘訣があるのではないかと思っています。
『“聴くというのは、こういう事か”と、張良は聴き手の劉邦を見て、花が開いてゆくような新鮮さを覚えた。劉邦は絶えず風通しのいい顔つきで張良を見続け、長大な体を張良に傾け、この年少の男の言うところを沁み入るように聴き続けた。擬態ではなかった。劉邦の場合、小さな我を生まれる以前にどこかに忘れてきたようなところがあった。彼は虚心にこの場の張良を見、かつ聴いた。聴くにつれて、“この男はほんものだ”という事が分かってきた。虚心は人間を聡明にするものであろう。実のところ、劉邦の取柄といえばそれしかないと言っていい。 張良は語りながら、途方もない大きな器の中に水を注ぎ入れてゆくような快感を持った』

私は、この場面に劉邦の人間力としてのリーダーシップの真髄が現れていると思います。
・聴くというのは、こういう事か
・花が開いてゆくような新鮮さ
・沁み入るように聴き続ける
・小さな我をどこかに忘れてきた
・虚心に見、かつ聴いた
・“この男はほんものだ”という事が分かってきた
・虚心は人間を聡明にする
・劉邦の取柄といえばそれしかない
・途方もない大きな器の中に水を注ぎ入れてゆくような快感を持った

ITコーディネータのプロセスガイドラインにも、リーダーシップ発揮の原点は他者とのコミュニケーションであるとして、以下の記述があります
『良好な関係形成のためには、特に傾聴が決定的に重要である』
“本質だけを理解する”ことが出来るようになる為には、余計なものを取り除き、最重要なものは何なのかを把握することが必要です。その取捨選択能力を発揮する為には、まず'“邪念”を排除して“虚心”になる事が大切です。
辞書によると虚心とは、
・わだかまりを持たない心
・先入観を持たない
・素直な態度
と記載されています。
劉邦独特の大きな袋のような取り留めのなさ、愛すべき愚者という特質は、“空虚”すなわち“空っぽ”という事です。
劉邦は周囲の人間から見た時、愛嬌のあるバカに見えたといいます。それは“何も考えていないし考える能力が無い”と思われたからであり、それほど頭の中が空っぽに見えたのでしょう。
しかし彼は頭も空っぽにする事もありましたが、心の中もいつでも自在に空っぽにできたようです。周囲の人たちや配下と話す時、特に献策を聴く時には、常に辞儀を正して聴く姿勢を取り、必ずと言って良いほどいつでも自分の頭の中と心の中を“空っぽ”にしたというかできたという事です。
そしてこの空っぽにした頭と心の状態で人の話を聴くことが“傾聴”なのです。“聴く”という漢字は“耳”と“目”と“心”という文字が合わさって作られています。耳で聴くだけではなく、目で聴き、心を込めてそして相手の心に寄り添って全身で聴く事を傾聴と言います。まず、聴くことが大切です。それも劉邦のように、全身全霊で聴く、虚心で聴く事です。人間は聞くよりも話したいと思う動物です。自分の意見を真剣に聞いてくれる人に飢えているのが人間だと思います。皆さんの部下も配偶者も子供もみんな、自分の意見を真剣に聞いてくれる人に飢えているのです。
“すなわち、リーダーシップとは傾聴することでもある”のです。
虚心に傾聴する事により、相手の目を見、表情と身振りでその感情を感じ取り、話し手の真意と本質を嗅ぎ分け悟ることが出来ます。
傾聴の姿勢を示すことにより、話し手は快感を覚えて我を忘れたように懸命に本音で話し続けるでしょう。
快感の中で夢中に話し続ける話し手の話を、虚心になって聴き続け見続ける事によってその話し手の人間としての本質をより深く理解できるようになるでしょう。
更には話し手の提案の良し悪しやそれを採用した時の未来の姿も想像することが出来るようになるでしょう。
傾聴もせずに聞きながら次に自分の言いたいことを頭の中で思い描いたり、話を聴きながらも露骨に拒否的な態度を示したり、話を途中で中断させて自分の言いたい意見を言って話し手を否定したりしているようであれば、いつまでたっても本質を理解する事も出来ず、メンバーの信頼を得る事も出来ません。
劉邦は、この虚心になって傾聴する姿勢により物事の本質を理解する目を磨き、配下の成長欲求を求心力・遠心力として巻き込み、ビジョン構築⼒や役割分担⼒などの数多くの“⼈間⼒としての真のリーダーシップ”を発揮できたのだと思います。劉邦の“人間力・リーダーシップ力”の原点は実はこの傾聴の姿勢にあったといえます。

――― 傾聴はたった今からでも始められることです。

是非とも、虚心な心で全身全霊を傾けた傾聴を徹底して行う事により、皆様方の会社経営の明るい未来を切り開いて頂きたいと思います。
虚心は人間も組織も聡明にするのです。
長きにわたってのご愛読、誠に有難うございました。

(注)緑字の箇所は「項羽と劉邦」(司馬遼太郎著 新潮文庫)からの引用です

「項羽と劉邦」

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