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項羽と劉邦から学ぶ“人間力としての真のリーダーシップ”とは?⑨ ~失敗から立ち上がる~

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前回のテーマは、“部下を伸ばす育成力を持つ”でした。
多様で変化の激しい時代には、自分で考えて対応できる自律型人間を育成することが大切ですが、劉邦は個人的なスキルが無いリーダでしたので、結果として部下に“自分で献策させ、仕事をさせ、結果分析も自分でやらせる”事を行ったため、自律型組織を育成することが出来たという事。逆に項羽は、自分がスーパーヒーローであった為に、自分と同じタイプの将軍を作ろうとした結果、項羽自身とは似てはいても本物度から見て数段劣るコピーしか育てる事ができず、思うような成果を上げられなかったという内容のお話をさせて頂きました。
今回は、リーダなら誰もが経験しなければならない“失敗から立ち上がる”をテーマにお話しさせて頂きます。

Chapter9 失敗から立ち上がる

◆失敗の原因と兆候について

人間であれ、組織であれ、失敗はつきものです。どんなスーパーマンだって大企業だって大なり小なり失敗をします。大きな失敗は致命傷を負う事もあり、できれば同じするなら小さな失敗に留めておきたいものです。
皆さんは、“ハインリッヒの法則”というものをお聞きになられたことがありますでしょうか?
これは、労働災害に関する研究論文で発表された法則ですが、私は労働災害だけではなく、人や組織における失敗の分析に活用できると考えています。

ハインリッヒの法則とは、1つの大きな事故(右図の赤部分)の前には29の軽微な事故(オレンジ部分)と300のヒヤリ・ハットな出来事(黄色部分)が事前にあり、重大災害の防止のためには、事故や災害の発生が予測されたヒヤリ・ハットの段階で対処していくことが必要であるというものです。
大きな失敗を起こさない為には、小さな失敗や下手をすると大失敗になっていたな……と思うようなヒヤリとする小さなミス段階から原因を調査し、早めに手を打つことが大切だと思います。
私事で恐縮ですが、20年くらい前、私は大阪で仕事をしていました。その時の通勤はJR宝塚線(福知山線)を利用しており、朝夕のラッシュもそれほどひどいものではなく結構快適だったのですが、その路線では、途中停車駅に止まる際には何度もオーバーランを起こしたり、荷物が挟まったまま発車しようとしたりすることが頻繁にありました。この路線はそのうち大事故を起こすのではないかな?と嫌な予感がしたのを思い出します。
ご存知の通り、JR西日本福知山線は2005年4月に塚口駅から尼崎駅の間で、カーブを曲がる際のスピードの出しすぎにより、脱線・転覆してそのまま線路沿いのマンションに激突、死者107名、負傷者562名という歴史的大惨事を起こしたことは記憶に新しいと思います。私が嫌な予感がしたように、こういった大失敗が起きる前には小さなミスやちょっとした不祥事が必ず起こるものです。オーバーランや荷物が挟まったままでの発車といったヒヤリハットや小さな失敗段階で正確に情報を収集し、きちんと原因を分析し、その対策を打っていれば、大きな失敗は未然に防げるのだと思います。そのためには
・小さな失敗やミスの出来事の情報が、きちんとリーダに届く仕組を構築すること
・リーダはそれを軽視せず、その原因を分析すること
・チームとしてその対策についてきちんと話し合い、対応方針を決めること
・決めた方針や新しいルールなどを徹底して浸透させること
が必要です。まずは、そうやって致命傷となるような失敗を起こさないよう、事前の対策を是非とも心掛けて頂きたいと思います。

◆レジリエンスを磨く

しかしながら、どれだけ事前に対策を施していたとしても、実際には失敗は避けられないものです。失敗は未然に防ぐことが大切ですが、それよりも重要な事は、失敗した時に、次にどうするか?だと思います。
最近、「レジリエンス(resilience)」という言葉が注目されています。レジリエンスとは、「脆弱性 (vulnerability) 」の反対の概念であり、心理学的な自発的治癒力の意味です。「精神的回復力」「逆境力」「復元力」「耐久力」などとも言われます。すなわち、失敗から立ち上がる力の事を言います。
人は誰でも失敗をします。その失敗から何を学び、どう立ち上がるか?がリーダーシップの真骨頂と言えます。以前は、レジリエンスとは生まれつきのもので後天的に育成することはできないと言われていましたが、今ではその研究も進み、磨くことによって鍛えられ、強い回復力を後天的に育てる事も可能だと言われるようになってきました。
その鍛え方については諸説ありますが、そのベースになるのは、私は以下の3つだと思っています。

  • 自尊心・プライド
    私は何をやってもダメだと自己に否定的な人よりも、自分はできると考える人の方が回復力は高い
    自己に否定的な人間は、やっぱり私はダメな人間だと思い、なかなか立ち直れない
  • 柔軟性
    木は強い力を加えると折れてしまいますが、竹は力に対してしなやかに自らを曲げ、対応力を発揮できます
    完璧主義者は失敗に対して落ち込みが激しいですが、いい意味での楽観的柔軟性は立ち直りを促進します
  • 周囲の支援(人間関係)
    一人で落ち込んでしまうと、なかなか回復できませんが、仲間がいることにより一緒に対処することが可能
    人とのコミュニケーションは、立ち直り策の“ひらめき”を誘発するものです

失敗は短期的に見ると悪い出来事に思えるかも知れませんが、長期的に見ると必ずしも悪い出来事とは言えません。
上記のハインリッヒの法則のように、小さな失敗は大きな失敗を起こす前の“神様のお告げ”だと思うからです。
レジリエンスを活用して立ち上がる事で、失敗から学ぶことが出来、大きな失敗を未然に防ぐだけではなく、自分の経験値を一つアップすることも可能になると言えます。仮に失敗したとしても、命までそう簡単に取られる訳ではありません。この体一つ、魂(心)一つ残っていれば、また何度でも這い上がる事ができます。どんなに困難な問題であっても、必ず解決方法はあるはずです。挑戦し続ければ必ず道は拓ける、私はそう思っています。本当の失敗(負け)というのは、挑戦することを止めた時です。
リーダーシップの真価が問われるのは、失敗した時や逆境に追い込まれた時、そのリーダがどういう行動を取るかという事だと思います。それでは、項羽と劉邦は失敗に対してどう取り組んだでしょうか?

◆劉邦のケース

劉邦ほど多くの失敗をした人間は少ないと思います。彼は常に項羽に負け続けます。にもかかわらず、何度も立ち上がります。100回失敗し101回立ち上がってきたのが劉邦でした。彼はどのようにして立ち上がったのでしょうか?
劉邦の場合、レジリエンスでの3要素としての自尊心についてはほぼ皆無と言って良いと思います。
彼は「自分は何もできない」「自軍は極めて弱い」という劣等感の塊でした。
『わしは沛(劉邦の生まれ故郷)にいるべきだった』
『項羽の敵になるような男ではないのだ』
『わかった。わしは、とうてい項羽には及ばぬのだ』
負ける都度、劉邦は劣等感に苛まれます。『もうだめだ』と何度も繰り返し、コンプレックスとプレッシャーで押しつぶされそうになります。項羽の圧力があまりにも強かったのでしょう。しかし、何故か立ち直ってしまうのです。
それは、自尊心はほとんどゼロ状態でしたが、それを埋めてしまう柔軟性と周囲の力があったからだと思います。
劉邦だけでなく、彼の軍が絶望の淵に追い込まれたのが、項羽が秦を倒し覇権を握って、論功行賞を行った時です。
劉邦の領⼟として、項⽻は巴蜀 《はしょく》と漢中《かんちゅう》(秦の領⼟だった関中ではない)を与えます。
『巴の古字はミミズのような⾍の形からきている。――中略――異族の棲むような僻地という感じがあった。蜀も⾍という字が⼊っており、⾍同然の⼈間が住むという感じで⾒られていた』
『何といっても、秦のころ、流刑人を送った土地です。どんな悪人でも漢中や巴蜀に送られると聞くと慄えあがったと言いますから』
そして漢中・巴蜀に赴任する時、もともと3万人はいた軍は、将も士卒もこぞって逃げ出し連鎖的脱走が起こります。
『この難行軍に音を上げ、前途についても絶望してしまったのは劉邦自身だった。彼は遊び人あがりだけに体力や根気がなく、“もうだめだ”と何度も悲鳴を上げた。いっそ関中にもどって項羽と戦う、と自棄をおこした』
『それにしても逃げるなら俺をおいて逃げることないじゃないか 劉邦は恨めしく思った』
そんな時、劉邦の腹心の張良と蕭何が“気配り”と“なだめ”で劉邦を支え続けます。
『“主上よ、これはほんの一局面に過ぎないのです”と張良は言い、ただその一言で劉邦の気持ちは静まった』 張良は言葉で劉邦を支え続け、蕭何は親のように、劉邦を目に見えぬ繭を作るようにしてくるんで労わったと言います。さらに蕭何は逃げ出した韓信を連れ戻したあと、劉邦に全軍の指揮を任せる総大将に韓信を任命するよう推薦します。以前ご紹介したように韓信を任命した時に、劉邦は韓信の提言で自分自身を取り戻し再起の希望を再び得ることになります。
『当初、(劉邦の事を)泥が曖昧に人の形らしい格好をなして座っているような印象でもあったが、韓信が話し終わった時、泥がいきなり人になった。劉邦は右こぶしを挙げ、喜びのあまり傍らの小机を打った。――将軍よ、わしはあなたを得ることが晩すぎた』 このように、劉邦はコンプレックスの塊で、ほとんど自尊心らしきものは持ち合わせていませんでしたが、それを補って余りあるだけの、柔軟性と人間関係を持っていました。劉邦の場合、竹のような柔軟性ではなく、
『自分をいつでも放り出して実体はぼんやりしているという感じで、いわば大きな袋のようであった』
『置きっぱなしの袋は形も定まらず、また袋自身の思考などなく、ただ容量があるだけだった』
と言われ、竹をはるかに超える、形そのものが存在しないくらいの軟体動物というか、掴みどころのない空気や水のような柔軟性そのものの人間だったように思われます。そして、劉邦は追い詰められた時、自分の弱点や心の中を遠慮なく腹心たちに吐き出すことにより、自分の心を何とか立て直し、
 “この連中が居るから何とか立ち直れるかもしれない、まだ終わりじゃないかもしれない、もう一回頑張ってみよう”
という気になったのだと思います。また張良や蕭何などの支える配下たちも、同様に数多くの失敗による窮地に追い込まれますが、その都度、劉邦が自分をさらけ出して泣き言を言う姿を見て
 “この頼りない大将を放ってはおけない、自分たちが頑張って支えなければどうにもならない”
と考え、自分たちが落ち込んでいる暇などなかったのでしょう。
劉邦 『わしは既に百敗してきた』
   敗れれば敗れるほど劉邦の兵が増えるというのは、張良などの苦心があったとはいえ、劉邦の不思議な徳というほかはない。
張良 『百敗の上にもう一敗重ねたところで、何のことがありましょう』
   張良は励ました。奇妙な激励ではあったが、この場の劉邦にはそう言うほかに言葉がない
まさに劉邦軍はみんなで、支え合って失敗や逆境から立ち上がったと言えます。最終的に100敗した劉邦は項羽に勝ち漢帝国の皇帝になりますが、何故勝てたのかはやはり不思議と言うほかありません。まさに、勝ちに不思議の勝ちありです。

◆項羽のケース

一方、項羽の方は、5年に及ぶ泥沼のような血みどろの楚漢戦争において、最後の垓下の戦いまで、直接項羽が采配を振った戦いでは一度も敗れていません。項羽の直接の失敗はなかったといえます。しかしながら、彼は最後となった一戦に敗れ、その失敗から立ち直ることが出来ずあっけなく自刃して果ててしまいます。何故、彼は負けたのでしょうか?何故、彼は立ち直ることが出来なかったのでしょうか?まさにこちらは、負けに不思議の負けなしです。ちゃんとその要因はありました。数多くの要因がありますが、最も大きな要因は、私は以下の2つであったと思います。

【項羽の失敗その1:項羽は、ハインリッヒの法則を軽んじた事】 項羽が直接率いた楚軍は一度も負けていませんでしたが、項羽が率いていない楚軍は実は何度も負けています。
楚軍本体の補給路は何度も彭越に襲われて、食糧などの荷駄を奪われています。各局面においては致命的な失敗ではありませんでしたが、この小さなヒヤリ・ハットを項羽は重視しなかったのです。
また自分の出身地域である楚の地に劉邦の配下の劉賈と廬綰が少数の兵で侵入し後方かく乱を試みた時も
『――ひとの空き家を狙う卑劣なやり方だ。と、ののしり、時に討伐軍を差し向けたりしたが、本気でこれを殲滅しようとは思わなかった。項羽にすれば主力決戦場で劉邦に勝ちさえすればそういう枝葉は捨てておいても枯れると思っていたのである。ところがその枝葉が茂りはじめ、彼らは地元の小勢力をかき集めつつ、ついに楚の要地の六や九江を抑え、大いに兵力を膨らませて目下漢軍主力に合流すべく北上しつつある』 更に項羽の分身であった竜且は韓信と戦って敗死し、曹咎は成皋城の戦いで劉邦軍に敗れ自刃します。
自分の分身である竜且が韓信と戦い敗死した事は項羽自身が直接率いた軍の敗北ではありませんでしたが、項羽軍としては明らかな敗戦という失敗でした。この敗戦はヒヤリ・ハットを通り越して、致命的な失敗につながる重大な事態です。それを乗り越えるには、項羽自身が軍を率いて韓信を討つか、韓信を説得して味方に取り込むかする必要がありましたが、項羽は前面にいる劉邦軍と戦う事だけに注力して、韓信に対しては何も本気で手を打たなかったのです。 項羽は自分の戦闘能力に過剰な自信とプライドを持っていたゆえに危機管理意識が乏しく、結果としてその鈍感さが傷口をどんどんと大きくしていったのでしょう。ただ一度だけ、韓信を味方に引き入れようとして、一応、韓信と同郷の武渉《ぶしょう》という弁士を使者として派遣しますが項羽の本気度がどれだけのものであったのか甚だ疑問です。
『項羽は外交など弱者の小細工だと思ってきたし、これを用いるのは初めてであった』
『“韓信づれと?”思いもかけぬことであった。――中略――項羽の方から働きかけて同盟しようなどという下手の姿勢は、項羽の美的感覚には適わなかった』
『(武渉の)出発にあたり項羽は“楚の威信を傷つけるな”と咆えるように言った』
『かたわらの蒯通《かいとう》(韓信の参謀)が項羽の使者(武渉)を見たところ、弁士というより世間師に過ぎない。(項羽も項羽ではないか)敵の為に歯ぎしりしたくなるほどに惜しんだのは、項羽の運命の岐路ともいうべきこの時期に、この程度の男を寄こしたという事であった』
すなわち、項羽はヒヤリ・ハットだけでなく、重大な失敗に対しても本気で対策を打たなかったのです。項羽は負けるという事を病的に嫌っていたので負けを認めたくなかったのでしょう。竜且は弱いから負けたが俺は負けていないという言い訳を自分自身にして、失敗を正面から受け止められなかったのだと思います。
自尊心やプライドは大切なものです。時に失敗から立ち上がる時の原動力になりますが、歪んだ自尊心やプライドは、素直さや柔軟性を欠けさせ事態をありのままに見る冷静な目を奪い人間を頑なにしてしまいます。自分と向き合う事、あるいは事態を正しく認識することを阻害するような自尊心は有害以外の何物でもないと思います。

【項羽の失敗その2:項羽は一人で戦っていた事】 これまでも触れてきましたが、項羽は典型的なカリスマリーダ型のリーダーシップの持ち主です。そのことは項羽自身も自認していたことと思います。それゆえ、彼は部下に対して弱みを見せられなかったのでしょう。項羽は、秦の圧政に対抗して、楚人の為に立ち上がり、秦に復讐し楚を再興することをビジョンに掲げました。楚人と楚兵の為に、彼は部下に弱みを見せることなく、一人で戦ってきました。実態は各将兵の力を借りていたのですが、彼自身の心の中では、“俺はみんなの為に、みんなを守るために俺が一人で戦う。俺に従っていれば問題ない”そう思っていたと思います。楚軍の各兵士たちも項羽への崇敬心は異常な状態で、その崇敬心が遠心力となって楚軍を支えていたのだと思います。その遠心力の中心となる項羽自身は、部下にさえ弱みは見せられなかったのでしょう。
『楚兵の誰もが項羽に畏敬という以上の愛情を持っていた。 ――中略――が、この固陵城攻撃の段階での楚軍は、すでにそうではなくなっていた。項王への叛意こそ持たなかったが、飢えと疲れのために気が萎え、力を振るおうにも、鉾や戟を持ち上げるのがやっとという者さえあった』
『やがて項羽も寝所に入るべく一同に背を向けた時、肩が落ちていた。――大王のあのようなうしろ姿をかつて見たことが無いと一同は青ざめる思いで、互いに顔を見合わせた』
このことは、現代の経営者の方にも通じるところがあります。特にカリスマ経営者によくありがちなケースです。
 “俺がみんなを守っている”
 “みんな俺を信じて付いてきている”
 “相手が社員でも自分の弱さは見せられない”
そう思って、必死で頑張っている。一人で問題点を抱え込み、一人で解決しようと頑張る。しかし意に反してどんどんと事態は悪化するばかり……。そんな経営者の方を頻繁に見かけます。
そういうカリスマ型のリーダは、自分の心が折れた時、抵抗力がありません。一挙に崩れていきます。
『(楚兵が敵に加わったのだ)という思いは、郷党性の強い項羽にとって手痛い衝撃であった。情勢というのはひとたび悪化すると何と急な事かと項羽は思った。この濰渓《すいけい》城内で朝を迎えた時、これ以上の衝撃はありえないという急報を受けた。北方の韓信が三十万の兵を率いて急ぎ南下しているという』 そして、垓下の戦いで手痛い敗北をし、漢軍に囲まれた夜、周囲から楚歌が流れてくるに及んで、とうとう項羽の緊張の糸はプツリと切れてしまいます。有名な四面楚歌の場面です。
『(あれは楚歌ではないか)しかも四面ことごとく楚歌であった。――わが兵が、こうもおびただしく漢に味方したかと思った時、楚人の大王としての項羽は自分の命運の尽きたことを知った。楚人に擁せられてこその楚王であり、楚人が去れば王としての項羽は、もはやこの地上に存在しない』 このように、項羽はレジリエンスを発揮することなく、脆くも崩れ去ります。彼は自軍の課題や小さな失敗を問題視せず放置し何の手も打ちませんでした。一人で戦い、周囲の誰にも相談せず、また誰も相談に乗ろうともしませんでした。本質的な事を言えば、配下の者たちは誰も本気で項羽に手を貸さなかったといえるかも知れません。
『世界を敵味方の黒白でしか分けることが出来ないというのが項羽の性癖で、これに対し劉邦は世界は灰色であり、時に黒になり時に白になると思っていた。項羽は武において誰よりも優れていたことと、性格や価値判断において黒白が鮮明すぎる為に、人々は項羽に畏怖するのみで、その言葉に逆らわなくなっていた。楚軍の見事な統制の一面、病的な欠陥が表れ始めていた』 最後まで、項羽は何故負けたのか?分からなかったと思います。それゆえ、天が自分を滅ぼそうとしていると思い、もしくはそう思いたかったのではないかと思います。
『全てがうまく行っていたのにあの和睦から白が黒に変わったように悪くなった。あの弱い劉邦がなぜあのように強盛になり、かつては一喝するだけで天下を震わせ、一度も負けを取ったことのない自分がなぜこのように一軍もろともに落魄したのか、項羽には全く分からない。
“わからない……”
何か、方士の仙術にかかって夢の中にたたずんでいるような気もする』
もし、項羽が“負けに不思議の負けなし”と思い、ヒヤリ・ハットや小さな失敗と真剣に向き合い、その不思議を解明して手を打っていれば、結果は大きく違ったものになったでしょう。
そして、もし自分一人で戦わず仲間に弱音を吐いたり真剣に心の底から相談していれば、周囲も対策を考え対応策をみんなで検討する事によって、再度立ち上がるレジリエンスを発揮できたかも知れません。
彼は死ぬまで、カリスマであり小細工嫌いの孤独な軍人でした。そういう意味では、項羽は最期までどうしようもないほどに、項羽そのものであったのかもしれません。

◆まとめ

  • 大きな失敗はいきなりやってこない。必ずそれを予感させるヒヤリ・ハットや小さな失敗がある
  • 小さな問題の情報を吸い上げ、分析し対策を練り、組織内に浸透する仕組の構築が不可欠である
  • 誰でも起こりうる失敗から立ち直るレジリエンスを磨くことが大切である
  • 劉邦は失敗を繰り返したが、彼自身の持つ限りない柔軟性と周囲との人間関係で立ち上がる事が出来た
  • 項羽は偏ったその自尊心の為に、自分と正面から向き合う事や事態を正しく認識することが出来なかった
  • 自分一人で頑張っているという考えは、失敗に対して抵抗力が無く、崩れ始めると歯止めが利かなくなる

如何でしょうか?
人間や組織に失敗はつきものです。皆様方には、このコラムをご参考にして頂き、その失敗のダメージをできるだけ小さいものにするための事前の対策と、失敗から立ち上がる真の抵抗力をつけて、今後の健全な企業経営に取り組んで頂きたいと思います。
これまで、項羽と劉邦をモデルにして、二人の生き様から、人間力としての真のリーダーシップとは何かについて、皆様と一緒に考えて参りました。
次回は、最終章(エピローグ):項羽と劉邦に学ぶ組織マネジメントにて本コラムを総括させて頂きたいと思います。
どうぞご期待ください。

(注)緑字の箇所は「項羽と劉邦」(司馬遼太郎著 新潮文庫)からの引用です

「項羽と劉邦」

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